表題の通り、日本語検定準1級に合格しました。
今回は日本語検定の受験記です。ゆっくり読んでってください。
動機
これを見て資格試験を受けたくなった。影響されやすいオタク。
周りが受けているものといえば、 TOEIC とか TOEFL みたいな英語の試験、あるいは情報技術者試験というようなスキルアップの試験である。ところがここで「逆張り」の精神が発動し「持っててもアピールにならなさそうなもの」を受けることにした。
結果、「なんかすごそうだけど全然聞いたことねえ」という日本語検定を受けることに。薬膳コーディネーター(全然聞いたことないしまるでアピールにはならなさそうだけど料理の時に知識があると役立ちそう)と迷ったが、あっちは受験料が数万円するので諦めた。一発芸に払う額じゃない。
ところで日本語検定には1級から7級までの試験問題がある。n級の試験問題で一定の点数をとれればn級、ちょっと足りない場合は準n級に認定される*1。
大学生とか社会人だと、海外育ちの外国人でない限りはだいたい3級以上を目標に受けることになる。それぞれの難易度目安は以下の通り。
3級:高校卒業程度。大人なら知っておきたい「常識」のレベル。
2級:大学卒業程度。より大人な日本語話者のための「教養」レベル。
1級:社会人上級。大人でもなかなか知らない「ハイレベル」。
いやいや、ハイレベルって自分で言いますか。そんな人はぜひ、検定問題を見てほしい。
ためしに敬語の問題を抜粋してみることにしよう。こういっては何だが、敬語の使用についてはそれなりに自信があった。日本語に関する勉強の中で、敬語についての本も何冊か読んだ。大学院生は目上の人にメールする機会も多いから場数だってそれなりに踏めている。語彙力や漢字力では及ばないかもしれないが、敬語だったらある程度太刀打ちできる。
はずだった。
全部知らない
ノリと勢いだけで検定を受けるのは、やめようね!
公式問題集を買う
とりあえず公式の問題集を買う。やっぱ過去問対策からでしょ。
日本語検定には全部で6分野の出題がある。合計点で合格基準を超えていても、どこかの分野で正答率が50%を切ると不合格になってしまう。そのため、極端に不得意な分野はなくさなければいけない。
敬語
敬語についての知識を問われる問題。1級の受験問題ともなるとただ敬語の知識を知っているだけではダメ。状況に合わせて敬語を自由に用いることが必要である。
基本的な敬語の構造や代表的な敬語については、よく出回っているテキストを使って学ぶことができる。それ以外の発展的知識、たとえば敬意表現とか手紙文の頭語・結語*2は語彙力をあげてのぞむしかない。
文法
その名の通り文法に関する問題。たとえば「ように」という表現は、「蝶のように舞う」というような比喩を表す使い方と、「行けるようにする」というような目的を表す使い方がある。こういう表現の見分けができるかどうかが問われる。
語彙
まあ、そのまんま。日本語をどれだけ知っているかが純粋に問われる。
言葉の意味
慣用句や故事成語を問われる。言い回しをそのまま覚えるだけでなく、意味や用法も答えられなければいけない。最近よく聞く「言葉の誤用」についても、知っていると役に立つ。もっとも1級の試験問題に「市井で誤用が議論になるような言葉」は出ないんだけど。
表記
名詞や動詞などについて、「漢字ではどう書きますか?」が問われる問題。出題形式は、表記があっていれば○、間違っていれば×の2択問題。とはいえ、「紫陽花*3」や「蟋蟀*4」といった難しいモノの名前や、「為体*5」のようにマジで出会ったこともない漢字も出てくるため、一筋縄ではいかない。
漢字
漢字の読み書きに関する問題。漢検準一級相当のものも出るらしい。すごそう。
漢字分野の鬼門は四字熟語。本当に聞いたことのない四字熟語がわんさか出てくる。
過去問や予想問題を通して演習を重ね、さらにほかの教材も使って勉強した。詳細は後述。
当日
大正大学。門がめっちゃ立派。あと大正大学って「大」の字が2つあってなんかつよそうだよね。
教室にはそれなりに若い人もいたけどけっこう年配の人も多くいた。一級は受験者の年齢層がかなり広いイメージ。準一級試験会場でさえ中高生にあふれていた英検とはえらい違いだ。
試験はぶっちゃけ手ごたえがなかった。四字熟語は4題出たが全部わからなかったのでそこでけっこう心が折れた。
https://twitter.com/hungry_and_fool/status/1535497264101150723?s=20&t=QzfVhAV0rcJhFNsGR8n6PQ
日本語検定一級 pic.twitter.com/oVhSYb3Eaa
— ミカグラ☄️家賃 (@hungry_and_fool) 2022年6月11日
失意のまんま巣鴨に寄って帰った。巣鴨商店街には安い肉屋があってうらやましかった。
後日「折曲厳禁」の封筒で試験結果が送付された*6。結局落としちゃいけないところを取れたおかげで準一級を取得できた。これで受験料をドブに捨てずに済んだらしい。
好成績を残すためには
このブログを読んで「日本語検定が受けたい!」という特殊なお方に向けて、一級合格に向けて自分がやったことを書いておきます。
まずは比較的効率的な勉強ができる敬語と文法について。
敬語のうち、文法事項でカバーできるものについては国から出ている『敬語の指針』を読んで勉強した。
ぶっちゃけ効率が悪いので、敬語に関する新書を2-3冊買って勉強したほうがいい*7。
文法については、基本的な助詞・助動詞の用法や、接続詞・副詞などの用例を復習しておこう。これについては公式の問題集や国語文法の問題集(あるのか?)を使って類題を多くこなしたほうがいいかもしれない。
で、これ以外にやるべきことについては結局のところ
語彙力を上げろ
のひとことに尽きる。典型的な敬語が使える・文法事項がわかるのは正直1級を受けるうえでは必ずやっておかなければならないことなので、語彙力をどれだけ上げられるかで1級に合格できるかどうかが決まるといっても過言ではない*8。
以下、語彙力を上げるためにやったこと。
世の中には語彙力増強用の教材がいっぱいある。だからとりあえず使えるものはなんでも使う。大学受験用の教材はかなり参考になる。とりわけ役に立つのが「高校国語便覧」。故事成語や四字熟語ふくめとにかく語彙が豊富。書籍以外にも、スマホアプリで語彙力や漢字、四字熟語を学習できるアプリも存在する。
慣用句やことわざ・故事成語の勉強は、背景となった故事(古代のエピソード)を知っていると非常に勉強しやすい。
「遼東の豕(りょうとうのいのこ)」という故事成語は、「独りよがりなこと」という意味を持つ。豕というのは「ブタ」の意味(豚という漢字の「つくり」になっている)。なぜ「遼東地方のブタ」が「独りよがり」なのかは、故事成語単体でははっきりしない。
この言い回しの背景には、次のような物語がある。遼東地方という田舎にいる男は、あるとき頭の白いブタを見つける。遼東では珍しいブタだったので、男はこれを皇帝に献上しようと考えた。しかし皇帝が住んでいた都である洛陽地方には頭の白いブタがいっぱいいて、全く珍しくなかった、というもの。
人間、機械的に暗記したものは忘れがちだが、そこに物語がくっついていると案外覚えているものである。
あと普段から意識すべきこととして、知らないものを知ってるものに変える、という習慣をつけるとよい。まずは日本語に多く触れること*9。そして、知らない漢字とか知らない語とか知らない表現を知らないまま放置しない、ということを意識すれば日本語力が上がるんじゃないのかな、と思った。わからないものは意識して調べる癖をつけるようにした。
感想
それなりには勉強したけどそれでも1級の壁は高い。本業の研究も忙しくなってきたし、正直これ以上何をやったら受かるんやって気分になってしまったので、次回の受験は見送り。
でも、やってよかったなあとは思う。勉強する過程で知らない言葉に出会えたのは面白かった。日本人だから、日本語のことならなんでも知ってると思いきや、まだまだ知らない日本語はいっぱいある。グーっと世界が広がるのは楽しかった。
あと日本語検定という謎の検定で準一級とかいうすごいんだかすごくないんだかよくわからない資格を保持していると話のネタになっていい。まあでも今回の準一級合格者が約150人しかいないことを考えるとすごいとは思う*10。
みんなも日本語検定、受けよう!
おまけ・受験勉強で覚えた好きな日本語一覧
御侍史
手紙に書く脇付の一種。脇付というのは宛名に添えて、受け取り手に敬意を示したり、注意を喚起するもののこと。いまでもよく見る「親展(宛名の本人以外の開封を禁止する)」とか、「在中(中に入っているものを示す)」も、広く言えば脇付の一種。
この「御侍史」というのは目上の人に使う表現。今はもっぱら医師の文通にのみ使われるらしい。もともと「侍史」というのは、秘書、付き人という意味がある。宛名に着ける「御侍史」は、「先生に手紙を出すのは恐れ多いから、代わりにおつきの人に渡してほしい」という意味である。
付き人という文化が薄れた今でも、言葉は敬語表現として生き残っているのはおもしろい。
断簡零墨
「断片」の「断」、「書簡」の「簡」、「こぼれる」の「零」、文字を書く「墨」。断片的に残っている文書、あるいはちょっとした書き物のことを指す言葉である。ほとんど聞いたことない四字熟語なのに、その字面から意味はなんだかわかってしまう。
もともと「簡」というのは、文字が書かれる木や竹の札を指す漢字である。筆記具も多様化し、キーボードでも文字が書けるようになった時代でも、「木に墨で文字を書く」というずっと昔の文明は、言葉として生き残っている。なんだか風流。
驥尾に付す
「驥」は足の速い馬を表す漢字。ハエが駿馬のしっぽにくっついていたところ、自分だけでは到底飛べないような距離を移動できた、という故事に由来する言葉である。そこから転じて、「賢人について行けば、何かはやりとげることができる」という意味になる。古今東西の賢人に学び、修士学生として勉強しているいまの自分にぴったりの故事成語である。
*1:1級の場合、正解率約80%以上で1級、約70%以上80%未満で準1級が認定される。
*2:拝啓・敬具みたいなやつ
*4:コオロギ。
*5:これで「ていたらく」と読む。
*6:資格試験の結果通知における「折曲厳禁」は中に賞状が入っていることが多く、合格のフラグらしい。
*7:敬語に関して私が読んだものは、萩野貞樹『ほんとうの敬語』、晴山陽一『敬語レッスンブック』
*8:おれも語彙力が足りなくて準1級になったわけだし。
*9:できれば活字に多く触れたほうがいい。漢字表記に強くなれるし、日常で使用頻度の低い表現に出会う確率が高い。
*10:受験者577人中25.5%。ちなみに一級合格者は受験者の11.2%。マジでどうすれば受かるん。